03:甘やかせよ

 あのときは疲れてたから、まったく頭が回ってなかったのかもしれません。
 何せ、同盟国はムロマチですから。陸続きじゃないし、いくら大陸方面に侵略を開始してるからって言っても、やっぱり本拠地で君主の方と直接話してこその同盟だと思ってるんです。けど、言ってみれば同盟組むまでは敵同士な訳だし…失敗して帰ってくるとき、もしかしたら勝てばなんでもいいって思ってる人がいたりして、奇襲を受ける可能性はもともと頭に入れてました。だから、皆止めたんですけど…だからって、他の代理の人に身代わりになってもらうのって、嫌じゃないですか。だから、わたし自身が行くことは譲るつもりはありませんでした。とりあえず外交官のルリアと一緒に行くことにはなってましたけど…わたし、かなり気が張ってたんですね…。
 ムロマチに行って、大蛇丸さまと対面して、それから幾つか話しをして…同盟が成功したんだって分かったら、まだムロマチを出てないのに、急に力が抜けちゃったんです。あれは恥ずかしかったけど…これでやっと一息つけるんだあって、…あの、不謹慎かもしれませんけど、これでやっと、あのひとに甘えられるんだなあって思っちゃって…それしか、頭になかったんだと思います。何せ、ムロマチって船で渡って、往復で半月ぐらいかかるから、かなり長い間会ってないことになるじゃないですか。もう、会うの楽しみで仕方なかったんです。
 それで、ルネージュにやっと帰ってきて、あのひとに会うの、とても楽しみにしてたんですよ?…ええと、いえ、まあ、ああいうことも、ありますけどね。それ以外でも…一緒にいれば、よかったんです。
 それから、ルネージュに帰ったら、皆大騒ぎで…それも、半月近くわたしが本城にいなかったことより、その、相手方の君主の性格に関することで、気にしてたみたいで。もう、ヒロなんか痛いぐらい体を触ってきたし、バグバットも涙流してたし…。
 そういうものなのかなーって、苦笑しながらお風呂入ってました。そういう噂はありますけど、・・・・・・まあそれに、対談中にそういうような挨拶はありましたけど、あの人流の社交辞令と割り切りったし、そういう態度を取ったらあの方もその辺りは分かってくれたみたいだし。
 けど、夜、やっと会ったら、あのひとすごく機嫌が悪かったんです。わたしのほうは大仕事をこなしてきたばっかりだったから、一言ぐらい労ってくれるかなって、期待してたんですけど、逆にねちねち文句言ってきて…。その、無駄足だ、とか、逆に戦場で足を引っ張られるだろう、とか…。
 そりゃあ、あのひとは同盟組むことにはあんまりいい思いをしないタイプだし、相手方がその…悪く言っちゃいけないけど、女好きだっていうし、わたしも一度敵対したときはそういうこと言われたことありますけど、それでも悪い人じゃないと思うんです。…いい人、では、…ええと、あの、その問題は置いておきますね。
 そういうようなこと言ったんですけど、もうあのひと、全然わたしの話聞いてくれなくて…。
 むきになって、自分のしたことは無意味じゃないってことを主張する以外でも、まあ、…言葉のあやっていうところもあったんですけど、人格的にも大蛇丸さまのほうが、よっぽどいい人ですって、言っちゃったんです…。
 そしたら、あのひと、二百歳越えてるんですよ?なのに、もう拗ねちゃって…何言っても反応しなくなって、すぐに帰っちゃったんです。
 そんなに悪いこと言ったのかなあって思ったし、それに、わたしのほうが疲れてるからこれは譲れないと思ったんですけど…一人で寝るとき、ああ、やっぱり失敗したなあって…折れればよかったなって…。
 …後悔は、他の人にも言われるけど、よくするタイプなんです。だから、この時も物凄く落ち込んじゃって…そりゃあ、わたしのほうがずっと頑張ったけど、それを堪えたら、もしかしたら、労うぐらいはしてくれたのかもしれないし、あのひと、意地っ張りだから、わたしのほうが先に折れてあげたら、あとでちゃんと謝ってくれたかもしれないって思うと…はい、失敗したって…。
 その上、いつもなら毎日、最低でも毎晩は来てたんですけどね。その日以降は一週間かな…十日ぐらい、全くこなくて…あのひとにお仕事任せてるっていうのもあるけど、気になって仕方なくって…。
 すごく、傍目にも落ち込んでたんでしょうね、わたし。ヒロ達は気を使ってくれたんですけどね。色々お話とか、お茶とかしてくれたんですけど、彼らには彼らの受け持つ部分がありますから…。そのとき求めてたのは、あのひとですし、まあ、骨折り損だろうなって思うと、本当に申し訳ないなあって。
 それで、やっとあのひとが来たってなったときは――あの、情けないんですけど、泣いちゃったんです…。いえ、そんな些細な喧嘩であのひとがわたしのこと見捨てることはないっていうのは分かってますけど、それでも、なんか、安心しちゃって…。
 んー…なんでしょう。あのひとが弱々しいわたしをあんまり好きじゃないっていうのは分かってるはずだから、あのときは・・・・なんだろう、わたしが必要以上に必死になって、とりあえず、どんな手段でもあのひとに、自分の前にいてほしかったのかもしれません。もしかしたら、逆に嫌われるはずなんですけどね。舌打ち一つしてとっとと出て行っちゃうんじゃないかしら。それ考えると、甘え、…うーん。
 あのひとはどう思ったのかは、心を読んでないから分かりません。いえ、読む余裕もなくて…あのひとと二人だけで会うときは、読む必要ないって決めてるのもありますけど。
 え…続きですか?
 いえ、あの・・・・か、勘弁してもらえないでしょうか・・・・・。あの、はい、まあ・・・・・はい、そういうことなんで・・・・・。
 あ、あの、そういう質問も出来れば止めていただけないでしょうか。・・・・・はい、あう、・・・・・・・・・・うぅ。
 じゃあ、・・・・その、ひ、一言だけですよ?
 ・・・・・・・・えと・・・・・・はい、すごく、幸せでした。
 あ、あの、ちょっ、ニヤニヤしないでくださいっ!あーもー、だめです!だめ!言わないで下さいっ!やーめーてーくーだーさっ
<中略>
 …そんなことないですよ。わたしが言うのも変ですけど、あのひと、よく甘えてきますもん。
 はい。ただ普通に夜中とか、…その、するとき以外です。そういう話は関係ありませんってば、今は。
 えと…なんか、ペットみたいに人の体に頭埋めてきたり、ぎゅーって抱きしめてきたり、色んなところに軽くキスしてきたり…まあ、犬や猫よりも大きいですけどね、ふふ、可愛いですよ。すごーく。
 そういうときのあのひとって、ものすごく無防備な顔なんです。いつもでは考えられないくらい、…男の人には使うの変かもしれませんけど、かわいいし、綺麗だし、穏やかなんです。いつもの表情とのギャップがある分、見てるだけで嬉しくなっちゃいますよ、ああいう顔されると。・・・・・まあ、口開いたら色気も何もないんですけど。
 うー…そうですね…遊ばれてるのかもしれないですね…。あのひと、女性経験結構あるらしいし、機嫌取るぐらいならけろっと出来るかもしれないですよねえ…あ、けど、あのひとプライドあるからそんな女の人に媚びるようなことしないかもしれないし。むう、けど・・・・・。
 ん…そうですね。
 なんていうのかな、その、「どっちがどっちにより多く甘えているか」っていう問題に関しては、それこそドローだと思います。
 えーと、肉体的って言い方はちょっと変ですけど…さっき言った直接的?な、そういう意味合いでは、あのひとのほうが断然わたしによく甘えてくるし、実感はあります。けど、あのひとは自立してるんですよね…。
 長い間生きてたとか、同朋ですら信頼はしないとか、色々理由を考えれば数えきれません。多分ですけど、あのひとは感情的なことは、…あまり、重要ではないと思ったんでしょう。だから、それらの理由に考えられる一つの根拠として言えば、あのひとにとって、持ってもいい感情っていうのは、なかったのかもしれません…。ちょっと、大げさに言うと、ですけど。
 それに、もともとあんな性格じゃないですか。人間が嫌いだから、人間が尊ぶ感情も嫌い。そう思っていてもおかしくはないし、あのひと、一応学んではいるけどフェミニストでもないですしね。
 だから、ちょっと自惚れてるみたいな言い方ですけど、わたしが初めて甘えていい存在だと、思ったのかもしれないですね。ああ、けどその前に、あのひとがいたかな…ホワイト。あのひとの、本当の意味でのお母さん。
 そうですね。あのひとが、小さいあのひとを愛してくれたから、あのひとはそのとき初めて、甘えるとか、愛情とか、信頼とか、そういうことの心地よさを知ったんでしょうね。けど、結局、初めて自分を愛してくれたひとを、あのひとは亡くしてしまいましたから…。
 それ思い出したら、いつも心の中で怒っちゃいます。なんてことしてくれたんだろうって。けど、その気持ちも分からないでもないから、直接的に責めるつもりはないんですけど…それに、直接手を下したその人達は、今はちゃんと生きてるかどうかすら分からないですし…。
 あ、ごめんなさい。ちょっと、暗くなっちゃいましたね。
 あはは…そんな、惚気じゃありません。惚気って言うなら、あのひとの態度よりわたしのことのほうかな…。
 ええ、さっきも言いましたけど、ちょっと言い争いしてちょっと離れてるだけで、次会った時泣いちゃったんですもん。わたし、あのひとに甘えすぎてますよ。
 まあ、あのひとが、何も分からないわたしに、色んなことを教えてくれたっていうのもあります。なんか、雛鳥の刷り込みみたいですけど、確かにそれに近いのかもしれませんね。親代わりあのひとは、黙って後ついていかせてくれるような性格じゃないですけど。
 んー…他にあるんですかね。けど、色んな意味であのひとには頼ってます。他の皆と同じこの国を支えてくれるひととしても、わたし個人の中でも、あのひとは自分でも驚くぐらい大きい存在でしょうね。だって、あのひとがいない今なんて、考えられないんですもん。
 …あ、今の、惚気じゃないですよ。ほんとです、無意識です!…違いますってばもう、悪趣味ですよ。そんなこと言うの。
 話戻しますけど…戻してください。お願いですから。
 …はい、ふふ。変ですかね。
 けど、そういうものじゃないかと思います。あのひと以外に誰かと恋人…って、ちょっと照れますね。まあ、そういう関係になったことないですけど、甘えてるのは、甘えられてるって自覚してるほうじゃないかな、と思います。
 ミイラがミイラ取りになるって、こういうことを言うんですか?罠にはめられたんなら、かなり巧妙というか何と言うか…結果的にははめられて悔しいけど、勝負事じゃない分、どうとも言えないと言うか…。その、相手がもしかして考えなしで甘えてきて、好き勝手にしてるのに、それを余裕で甘やかしてるつもりの自分の方が、いつの間にかそのひとに構うようになってるのって、墓穴を掘った、ってことに…。
 うー・・・・・・・・損、なんですかねえ、やっぱり。
 けど・・・・・うん。あのひとのことは愛してるし、それだけは変わらないし・・・・甘えてるってことがあのひとの重荷になる日が来るんなら、その甘えを取り除く心積もりはあります。
 ありますよ?ふふ、本当です。だって、あのひとを苦しめるくらいなら、わたしの感情なんてどうでもいいんです。あのひとが本当に、心の底から自由になれる日が来るんなら――わたしは命ですら、惜しくありません。――人に言ったら、軽々しく聞こえるかもしれませんね。けど、本当ですから。もう決めたことだし。
 あ、けど、これはあのひとには内緒ですからね?あのひと、自分はいつも冗談なのか本気なのかよく分からないこと言ってあやふやにするくせに、わたしがそういうこと言うの、許さないつもりらしいですから。
 さあ、どうなんでしょうねえ。けど、あのひとには、こういうの、似合いませんから。
 そう思ってくれるかもしれないってことは嬉しいけど、あのひとは今まで充分に拘束されていたから。わたしみたいに、自分で勝手に閉じこもっていたわけじゃないから。だから、わたしだけでもいいから、自由にしてあげたいんです。あのひとを。
 …むう、そう言われればそうかもしれませんね。「あげたい」って、確かになんか、高圧的な物言いと言うか…。
 けど、その想いだけは、事実ですよ。
 ああそれに、わたし、あのひと甘やかしたいですから。甘やかす延長線上に、自由にしてあげたいっていう思いがあるってことで、納得できませんか?
 ふふ…。あ、もうそろそろわたし、時間なんで。はい、じゃあ。
 またいつか。


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