Go to her. Aim at her.

 

 

  分厚い石造りの壁を、巨大な氷柱が三度貫く。それだけで古い味わいを見せていた石煉瓦は瞬く間に瓦礫となり、無様な穴がぽっかりと空いた。

 それだけの破壊力を見せていた氷柱は、しかし用済みとばかりに消え去っていく。その跡には溶けた水も冷気もない。魔術で生み出されたそれを一瞬のうちに造り上げ、そして一瞬のうちに掻き消した人物は、悠然と壁の向こうから現れた。

 潤沢な魔力を隠しもせずその身に纏い、甲冑に不気味な魔界獣を宿らせたその男性は、放つ冷気とは裏腹に、美しく清廉な雰囲気を持った女性を腕に抱えている。異形の悪漢と、それにさらわれた悲劇のヒロインと見紛うばかりの光景だが、彼らはまるで当たり前のように落ち着いていた。

 それどころか、一連の、まるで子どもが戯れに玩具の城を崩すかのような軽々しい破壊に、男性の腕の中に納まっていた女性は唇を尖らせた。

「……こういうことはしないでくれませんか?」

「煙いか」

 苦言を間違った方向に察した男の気遣いに、女は眉をしかめつつ首を振る。

「いいえ。あの子が暮らすお城をあなたにこれ以上壊して欲しくないと言ったんです」

「そうしたいのは山々だが、諦めろ」

 その努力もする気がないくせに――と女性は内心呟くが、それを敏感に感じ取るような甲斐性が男性にあるはずがない。周辺を見回し目標の波動の位置を確認すると、ため息を一つ漏らして呆れたような顔をした。

「それにしても無駄が多い…。どんな人間が建てたのか、これほど分かりやすい城もそうないな。虚栄心が先立つ割には、侵略者が城主に対し、敬意を払わせる気はないらしい」

 それが男性の、人間への悪態の序曲となるのは女性にはよく分かっていたことなので、なるべく自然に先手を打つ。

「わたしたちの生きていた時代とは違いますから。権力の象徴として建てるだけの時間と金銭の余裕があった、ということでしょう」

「そんなものに励んでいる人間どもに叛乱を企てんとは、魔族も随分と穏やかになったものだ」

 矛先がそちらに行くとは思わなかった女性は、自分の先読み不足に軽く反省する。もともと男性は過度の人間排他主義なだけであり、魔族さえも恩情の対象にはなりえない。使えるか使えないか――男性にとって生きとし生けるものは全てその価値判断で分別される。

「人間も魔族も過激になるよりはいいと思いますよ?」

「確かに腑抜けが多くなれば外交制圧など成功するはずもない。否、結局そこから反乱が起こったのだから奴の制圧方法は失敗と見るべきか?」

「あの子の批判はやめてください」

 普段よりも幾分か険のある言葉に、男性は小さく肩をすくめる。

 そこまで過敏に反応するくらいなら、もう少し自分に素直になればいいものを。結局のところこの女性は、私情を最後に回すのが癖になっているらしい。正しく死んでも直らない、か。

「……だからこそ、俺が苦労して先んじているのだろうが」

 独り言のつもりで呟いたところで、抱えているため顔が近いことと、女性の能力をもってすれば、それは単なる女性に対する苦情に過ぎない。

 事実、女性はその優しげな容姿とは反した、感情のない声で返答する。

「あなたにお願いしたつもりはありません。お願いすれば、これより酷いかたちで叶えられたでしょうから」

 俯いた女性の目は、男の胸板など見ていなかった。頭の中に刻まれた、氷漬けにされた兵士たちや、巻き込まれてしまった年若い冒険者たちの戸惑いを思い出し、自分が逃避しないように言い聞かせている。

 だが、そんな感傷など男性にとっては理解の範疇にない。冷酷だ、悪魔のようだと誹られた赤い瞳を、腕の中の女性に向けた。

「お前の行動などどうでもいい。ただ俺が下手な自己完結に塗れたままの女など抱きたくないだけだ」

「………」

 身も蓋もない言い草に、女性は一瞬目を見開いたが、それも暫くして細められた。――相変わらずの器用貧乏ぶりは、呆れもするが愛しさもある。こんな侵略まがいのことをする行動を許す気にはならないが。

 遠くから兵士たちの声と鎧の擦れる音が聞こえてきた。先ほどまで見た雑兵の甲冑とはまた違う、つまり近衛兵である可能性が高まってきたことになる。

「スノー」

「はい」

 掴まっておけ、とまで言わない男性に、女性は意味を汲み取って、その首にしっかりと腕を回す。

 冬の嵐のような急襲は、侵入者を迎え撃とうと熱意と義務に燃える近衛兵をどのように蹂躙したのかは言うまでもない。

 

 

 目標がもともと明確であった彼らとは違い、それに巻き込まれた側は見るも無残な有様だった。

 城門から続く中庭を見渡せるはずのエントランスには、いまだ冷気を放ち続ける氷山がそびえ立つ。その周囲には、痛みに唸り声を上げる兵士、当身を喰らい力なく倒れ込む従者や侍女、氷柱に飲まれた彫刻のような人々と、さながら大戦時代に戻ったような光景が広がっている。

 それを行ったのが旅の仲間であり、また自分であることを思い知らされると、アデルは首筋に嫌な怖気を感じた。

 自分はこんなことをするために剣を振るってきたはずではないのに、復讐より更に重い犯罪に――こんなことをせざる終えない状況に立っているのか。

 しかし、そんなことを気にしている余裕など、アデル以外の仲間たちにはないらしい。いつもより鋭い表情のレ・グェンが周囲を見回し、敵の有無を確認していた。

「もう、敵はいないか?」

「現時点ではおりませぬが、援軍が到着するのは時間の問題かと……」

 早口でカルラがそういうと、イサクも返り血を浴びた槍を振り払う。

「今のうちに中庭に移動しましょう。こちらより少しは休めるはずです」

 皆は何も言わず、しかし速やかに中庭のほうへと駆けていった。誰一人声を発せず、薄汚れた格好で中庭を目指す。まるで本当に賊のようだった。

 暗いアーチを通り抜けた先にある中庭は、噂に違わず美しかった。城が一般公開される祝日にさえ、中庭以降には入れないなんておかしな話だと思ったが、全てが整えられたこの景色は、確かに無神経な有象無象が足を踏み入れていい場所ではない。

 戦時中のワルアンス城の中庭は芝が整えられ、石畳とオブジェの目立つ造りだったらしいだが、城主が女性となってからは色鮮やかな花々がそれらを覆い隠していた。しかしその自然の鮮やかさは自分の行いが恥ずかしくなるほど戦いに無縁で、美しくて、楽しげで、本来ならこの光景に感嘆の声をあげるであろう自分の喉は、全速力で走った影響で、ひゅうひゅうと鳴っていた。

 けれどそれもすぐにいつものリズムに戻り、それどころか後ろを走ってきた少女を気遣う余裕さえ生まれている。アデルは自分のそんなお節介ぶりに笑いが漏れそうになった。

「アリア、大丈夫?」

「……あっ、はい、なんとか……」

 けれどその表情は、お世辞にも明るいとは言えない。何せアリアは魔術師で、その存在意義を現在失っているのだ。自分が今更役立たずになるとは思っていなかっただけに、その衝撃は大きいらしい。

 もっとも、麻痺させる魔術はあっても気絶させる魔術などないのだから、彼ら魔術師たちにできることは限られているのだが。

「アデルさん、脚が……!」

「え?」

 アリアの視線の先を見てみると、太股にざっくりと入った傷が見えた。鮮血が流れ、彼女のブーツに赤い網目模様を描いている。とは言っても、他の部分が無傷かと言われればそうではない。アリアどころか、仲間全員が傷だらけだった。

 ここまで傷が多いのは、兵士たちを相手に加減して戦わねばならなかったのが原因だ。レ・グェンが彼らに依頼したときは時間稼ぎが主な目的であったし、ここまで兵士は多くなったので何とかなったが、今回は規模、環境、目的、何より相手の気迫が違う。

 突然襲いかかったことになる一行に、共和国の兵は純粋な敵意と仲間への仇討ちを篭めて向かってきた。今までのアデルの斬ってきた相手とは違い、自分たちを道徳的に敵だと見なし向かってきたのだ。そんな相手に遠慮なく迎え討てるほど、彼女は大人ではなかった。

 この傷をつけたのもきっとそんな兵士の一人なのだろうと思うと、胸の奥が痛んだ。今まで自分なりに清廉潔白に生きてきた彼女にとって、ごまかせないくらいの罪悪感が襲いかかる。

「……アデルさん? もう、グラスはなくなっちゃったんですけど……」

「いいのよアリア。包帯でなんとかするから」

「……すみません」

 回復魔術も使えないアリアは、自分を責めるように俯く。そんな姿を見るのが痛ましくてアデルは視線を外す。

 その先には包帯を使って肘の血を止血しているリディアがいたが、彼女も明るさは消えてきた。ただアデルの持つ狼狽はなく、現実だけを見据えろと自分に言い聞かせているような、厳しい表情に見える。いつだって楽観的で調子が良くて、面白がっていた少女はそこにはいなかった。

 他の皆も似たような表情だった。休んでいるはずなのに、そこに漂う空気はやけに鋭くて、緊張感が漂っている。これが戦場なのかもしれないと、戦時中のことを話してくれた義母の辛そうな表情を薄ぼんやりと思い出した。

「そろそろいいか?」

 頬に絆創膏を貼ったレ・グェンが片手を挙げる。全員の視線が、一気に彼に集中した。その視線はもう行かなければならないのかという不満の声か、それとも疲労から何も考えられなくなった奴隷のような指示を乞うものか。それらを丸々無視して、彼もまた今の自分に与えられた精一杯のことをする。

「さっきナイヅと話したんだが、この城は見ての通り、中庭からすぐに居館には行けないらしい。正門があの通り閉まってるから、細い通路を使わなきゃならん」

 中庭の奥には、金で象眼された石の門が見えた。あれこそが居館の正門なのだろう。次にレ・グェンが指したのは、中庭の隅にある小さなドーム状の屋根を持つ、一人か二人しか入れないような木の扉で、あれが通用口。しかし、両方とも開かれた形跡はない。

「挟み撃ちにされたら先頭としんがりだけが戦う持久戦……つまりこっちはジリ貧で終わっちまう。しかし、居館に入れば多少は安全が利くらしい……んだよな?」

 疑問系で話しかけられ、ナイヅも重い腰を上げるように立ち上がる。目立った傷はなかったが、その表情はやはり険しかった。

「ああ。見ての通り中は広いし、散り散りに逃げればまず相手も把握できない。さっき…その、ジャドウが言っていた通り、兵舎が封じられているのなら、追っ手が来る可能性もぐんと減る。多分、俺たちを襲来したのは門衛棟の連中だからな」

 本当に襲来したのはどちらなのか。

 誰もが皮肉めいて考えるが、その誰も明確な答えを出す気は起きなかった。ナイヅ自身もそう考えたのか、自虐的な笑みを一瞬浮かべる。

「しかし、居館に入れば兵士の密度は減るが、それだけに見つかればまずい相手が多くいる。何せ、ここにいる執政官を始めとする補佐官たちは、全員が全員、二次大戦と七年戦争を生き抜いた元武将たちだ」

 しかも、ここに住む官吏たちは大抵が魔族。人間と違い、老いによる技量の衰えはまず期待できない。

 そこで、同じく人間ではないリーザが挙手した。

「ナイヅさん、あの二人が会いたい人物は上層部って言ってたわよね? だったら、あの中の誰かが目的と見なすのが自然じゃないかしら」

「ああ、俺が言いたいのもそのことなんだ。俺たちがなるべく敵として会いたくないその六人は、もしかしたらあの二人のことを個人的に知っているかもしれない」

「つまり?」

「危険な賭けは承知の上だが、これから先は分かれて行動すべきってことだ。こんな集団で六人全員に確認していけば日が暮れちまう」

「援軍が来ちゃう、の間違いじゃないの?」

 いつもの言い草のブリジッテだったが、だらしなくオブジェの土台に腰かけながらの物言いには、やはり疲れが垣間見えた。

「そうとも言うな。ま、とにかく全員お縄にかかるのがオチだ。だったら、何組かに分かれて動いた方がいいだろうってことになったんだよ」

 今度の挙手はケイだった。雇い主であるブリジッテは合いの手のように茶々を入れたが、彼女はまだ挙動に優雅さを保とうとしている。

「どのような組に分かれるのです?」

「一組はこの中庭で、外部からの援軍の相手をすることになる。何もせずに済むかもしれないが、同時に一番辛い立場になるかもしれない。なるべく、確実に相手を失神させられる奴がいい。ついでに、城に入った組の奴らの受け入れ口にもなってほしい」

 つまり、魔術を主に使う連中は立候補すべきではない、ということだ。ノエルとアリアが居た堪れなさ気に頷く。

「もう一組は、あそこから執政官ロゼを発見するのが目的だ。ロゼはこの城のトップだから、見つけて説得できれば部下の補佐官たちに連絡を取ってもらえるかもしれない。そうすれば、他の奴らの危険性はぐんと減るし、あの二人が会いたがる誰かの特定も早くなるし、俺たちもお咎めなしになる可能性もある。できればロゼと顔見知りの、リーザかナイヅに行ってもらいたい」

 言われて、二人は力強く頷いた。

「もう一組はあの二人を追ってほしい。女王さまに旦那の暴走を止めてもらえれば万々歳だからな。あの旦那のことを考えれば、目印はすぐに見つかるだろうし…まあなんだ、兄さんがその気満々だってことはよくわかるが」

「当たり前だろ、んなもん」

 相変わらず目つきの悪いゼロスは、情けなく花壇にへたりこんでいるものの、その瞳の輝きは凶暴性を増している。

「もう一組…いや、二組かな。そいつらはもしものときのために、退路を確保してほしい。最悪さっき言ったどの組も失敗したり捕まったとき、仕切り直す必要があるからな」

「裏道なんてどうやって探すんですか?」

「おいおい、俺たちにはナイヅ先生サマがいるんだぜ?」

 似合わないレ・グェンの猫なで声に、言われた張本人は、何とも言えない顔で肩をすくめる。持ち上げられてくすぐったいと思う以上に、気味が悪いらしい。

「俺は元帝国兵だから、一応この城の構造は知ってるんだ。改装されてる訳でもないなら、正門を使わないで城から出られるルートは二通り知っている」

「なら、その記憶を頼りに二組は退路を確保する訳ですわね?」

「そういうことだ。その危険性は未知数。中庭組とは違った博打になる」

 結局のところ、どの組にもそんな危険性はあるのだ。全員がそれを覚悟していたのだろう、表情に変化は見られなかった。

「その二組は退路を確保したらその場で闇の心臓を持って待機だ。他の組は捕まった場合か逃走の合図用にダークアイを使ってくれ。どっちみち、逃げる準備をすることになるからな。ネクロストーンより威力はでかいはずだから、あんな広い城でも一応闇の心臓が反応する……と思う」

 マスターマミーの切り取ってもなお静かに鼓動する心臓は、典型的なマジックアイテムの一つだ。とは言っても、それが鼓動するのは闇の属性を持つ魔力を感じ取った時のみであるため、ネクロストーンを近付けて真贋の鑑定をされることが一般的である。

 そしてダークアイは、冒険者たちの中でもごく一部の者しかその住処を知らないダークドラゴンの体内に造られる結晶であり、ネクロストーンの持つ魔力など可愛らしく感じられるほど闇の力を持つ。

 そのため近くにあっては意味のない二つだが、遠距離間に使われる合図としては役立つ組み合わせだ。しかし、問題はある。

「思うぅ〜? 合図にならなかったらどうすんの?」

「誰もこんな規模で利くかどうか、試したことがないんだ。その辺りは大目に見てくれ」

 シオラの疑わしげな声に、ナイヅが苦笑を浮かべて言い訳をする。

「ですが、この城は魔封じが掛かっておりまする。ダークアイがまともに発動するかどうか……」

「彼らにも奇襲を受けたことが伝わっているでしょう。そうなれば結界はいずれ解けます。少なくとも、我々のうち何名かが追い詰められるときまでには」

 物騒な物言いだが、エトヴァルトの指摘にレ・グェンが困ったような顔で頷く。

「それに、ダークアイなら攻撃としての威力も大きい。敵は破れかぶれの行動として見てくれるだろう」

 その予想に納得するような沈黙が流れ、これで説明が終わりかと自分のポケットの中を探ろうとしたレ・グェンに、おずおずとノエルが声をかけた。

「それで、いつ、退却するんですか?」

「そりゃあその組ごとで相談してもらうほうがいいだろう。しかしまあ、一時間から二時間して、何もなければ成功と見てくれて構わな……ああ、執政官ロゼを説得でき次第、その組に他の奴らに成功を知らせる使者を出してもらうように頼むのもいいな。まあ、その辺りは臨機応変に頼む」

 そう言われて、ノエルは不安げに項垂れた。明確な指示を仰ぐのは、心細さの表れだろう。更に隣のアルは地面に腰を下ろしたまま視線を上げようとしていないので、ノエルの心はいまだ穏やかとは言い難かった。

「じゃ、どんな役割に行きたいとかあるか? なかったらくじ引きになるぞ」

 いつの間に用意したのか、組み紐を二十本近く見せるレ・グェンの言動に、何人かは呆れたが何人かは別の反応を示した。

「オレはあの野郎を追う」

 拒否を許さぬ気迫のゼロスに、レ・グェンは癖になりつつある苦笑いを浮かべる。

「わかったから、殺そうなんてことは考えてくれるなよ。あんたら二人が喧嘩したんじゃ意味ないからな」

「そりゃあいつ次第だな」

 無責任な物言いだ。

 レ・グェンは天を仰ぎ見、どうか魔王対異界の魂とヒトゲノムの混合種などという物騒な寸劇が繰り広げられないようにと不特定の神に祈った。

「アタシはロゼ姉さまを説得するわ。ナイヅさんより、アタシのほうが親しいと思うから」

「そうだな。なら、俺はゼロスの引止め役になるよ」

 自分の能力を理解しているリーザがそう言えば、引き際を心得ているナイヅもそれに柔軟な対応を示す。 

「他は? 誰かいないか?」

「あたしは……」

 不意に、アデルの唇から声が漏れた。

 疲れているのか、それともレ・グェンの説明に惹かれる部分を見つけたのか、アデルは自分が何を言っているかも実感せずに言葉を紡ぐ。

「あたしは、ここにいるわ。ここで、皆の背中を守りたい」

 本当は嘘だ。ただここから動きたくないだけで、援軍の可能性も特に大きく考えていなかった。

 そしてそれを指摘されれば彼女は我に返ったのかもしれないが、幸か不幸か、そんな余裕のある者など誰もいなかった。

「だったら、あたしもいるね。アデルもあたしも魔術あんまり使わないし、当身はさっきのところで嫌ってほど覚えちゃった」

 リディアもそう声を上げる。トレードマークとも言える彼女の明るい表情は、今は空元気だと一目で分かるほど衰えていた。

「オレもいる」

 短く告げたアルが小さく顔を上げ、その表情が露わになる。明らかに理由が推測できるほど、その目は気力を失っていた。

 当たり前だが、彼が精神、肉体共に最も幼いのだ。この状況自体まだ十代も始めの子どもに耐えられるものではないが、ノエルと違い、少年は勇者を目指す正義感に溢れていた。そんな彼が、仲間の恨みだ仇討ちだ、逆賊だ謀反者だと向かって来る相手に、長時間耐えられたのは奇跡に近い。

 しかし、アルがこれから活力を取り戻し闘えるか、と問われれば答えは決まっていた。

「……アル、ここじゃあ援軍が来るかもしれないのよ? あんたはナイヅさんか、アタシと一緒にいたほうが……」

「いらない」

「でも……」

「いらないんだよ」

 短いが、はっきりとした拒絶の声に、リーザは何も言えなくなったように俯いた。ナイヅも同じく、沈んだ表情でリーザの肩を慰めるように叩いてやる。

 こんな様子のアルを見るのはリーザもナイヅも初めてで、恐らく本人もあんな気持ちになったのは初めてで、お互いどうしていいか分からず、ただ気まずい沈黙が流れた。

「それじゃ、立候補者枠抜いたところで、くじ引きな」

 レ・グェンが高々と見せた組み紐に、残りの全員の目がいく。まるで犬が肉をぶら下げられたように、その視線は考えることを放棄していた。

 

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