Secret study

 

 

 混乱極めし戦乱は、魔王の血を引く娘が治め、結局もとの鞘どおり。ほんの少しの違いと言えば、案外平和であったこと。

 侵略、略奪、奴隷化を、恐れ怯えた人間たちは、なんとも複雑。恐れなくても良いものかと、ようやく分かって一安心。けれど人間、馬鹿ではない。眠れる獅子を起こすまいと、そろりそろりと動き始める。反逆なんかは考えもせず、ただただ傷を癒すため。打倒魔族はもっとあと。自分に余裕ができてから。

 それを見越してほそく笑む、人影ひとつ、魔の玉座。そこに座するは凛々しい娘。魔族も人も従えた、混血の子。緋色の王。

 志を同じくし、あらゆる王が彼女の手足。お上の事情を一つも知らぬ、民や貴族も内密に。蜘蛛が刺繍を編む如く、範囲網は広がりゆく。強化される監視の目は、誰も知らず誰も掴めず。

 そうしてときは過ぎていく。一見すれば平穏無事で。裏を返せば慎重に。

 そうして平和は造られる。自然を装い、路を固め。臆病者の、行進に似て。

 

 知りうる限り、彼女の父は敬語というものを使わない生き物である。敬う、という言葉自体、父からは一つたりとも感じられない。彼女の父の妹である叔母も然り。否、叔母はこの大陸でもっとも偉いのだから、敬語なんか使わなくてもいいのだろう。

 けれど、彼女の父は違うはずだ。叔母の手下――正確には叔母の手下が母で、父は母の手下なので、当然三人の中で一番地位的に弱いはず――のくせに、ものすごく偉そうなのだ。しかもそれを咎める者が一人もいないという点が、ますます彼女には理解不能であった。

 幼い彼女の目から見て、父は矛盾だらけの存在だった。まず、人間の妻を持つくせに、人間が嫌いだ。それは父が魔族であることを考えれば分かるが、反面、魔族も好いてはいないらしい。どちらかが好きな人が多いということを、彼女は母の治める国や、叔母の治める国でよく知っていたから、彼女は父に対し違和感を覚える。けれど、どうしたことか、人間も魔族も好きだと言う母のことは不思議と違和感を覚えない。多分、父のほうは自分に人間への悪口を言うときに、母に甘えながら言うからである。行動にも一貫性を感じないから違和感を持ったのだろうが、幼い彼女はまだそれに気がつかなかった。

 そしてそんな可愛らしい頭を混乱に導く父とは対照的に、彼女の母は行動も言葉も分かりやすく、とても甘えやすい存在だった。

 甘い匂いのするふかふかの柔らかい体を持ち、いつも彼女を優しく撫でたり、朗らかに笑いかけたり、しっかりと抱きしめてくれる素晴らしい母だ。侍女たちも言っているけれど、母親としては最良の部類に当たる。彼女はまだそんな言葉は知らないから、「おかあさまはいちばん」としか言いようがない。

 そんな彼女の母は、父みたいに無意味に偉そうではないけれど、国の中ではもっとも偉い。父以外の部下に指示を出すさまは、いつも自分を可愛がったり叱ったりする母とはまた別の顔に見えて、別人のようだと驚いた。そのくせ、いつも父の言動には悩まされているらしいと知り、彼女は大人になることは大変だと思わされる。

 彼女の母は叔母の部下ではあるが、二人の間には仕事の関係よりも友だち同士に近い。それは、父にとって嬉しくないらしいと気付いたのは、ほんのつい最近のことだった。なぜ気付いたのかと言えば、その気持ちは、彼女も味わったことがあるからだ。

 嫉妬と名づけられるらしいその感情は、彼女が少し前に目撃し、大きな成長の一歩となった出来事から芽生えたものだった。

 

 その日はほんの少し、いつもとは違っていた。時間は昼過ぎ。夕陽が沈むのにはまだ早いが、陽は頂点をすでに過ぎた頃だった。

 白亜の城の奥深くに、王の私生活の場がある。彼女も秘密裏とは言え女王の子なのだから、当然ながらその一角の子ども部屋が宛がわれていた。

 いつもならば彼女の世話係である侍女の一人が寝かしつけ、彼女は背中に純白の羽が生えたかのような寝顔と寝心地で退屈な時間を過ごすのだが、どうしたことかまったく眠くならない。

 彼女の扱いには慣れているはずの侍女もこれには困ってしまい、ありとあらゆる睡眠促進を試みたが、全て失敗に終わってしまった。

 今まで多少の問題はありつつも、結果的に順風満帆に彼女と過ごしてきた侍女は、初めての障害に頭を抱えた。それは子どもを眠らせる、ということができない自分への自責の念と、今までの誇りの崩壊への失望であるのだが、幼い彼女にそこまで汲み取れるはずもない。ただ、何となくいやな空気になったから、寝たふりだけでもしておこう、と判断したのだった。

 そうして彼女の判断は功を奏し、彼女の昼寝を義務と捉え、なんとか全うしようとする態度に、落ち込んでいた侍女は心を打たれた。今まで魔族の血が入っている彼女を、気持ち悪いとは思ったことはないが、なんとなく身構えていたことは事実であった。そのため、ここまで健気に自分の職務を手助けしてくれるような子どもに、自分がそんな思いを持ってはいけないと、人間の侍女は心の中の自分にそう、高らかに宣言したのである。

 思えばこれが、転機の始まりだったのだろう。この日に心の変化を持ったのは、彼女だけではなかったのだ。

 そして感動する侍女は次の仕事に取り掛かりに、子ども部屋から出て行くが、彼女のほうは次の仕事なぞありもしない。現状の仕事は「眠ること」である。おやつの時間は叔母のいる西の海よりも遠い。ものの数分で、彼女の心は退屈に侵された。

 うずうずむずむずごろごろと、彼女は寝台の上を静かに這い回る。静かにしようとすればするほど冒険心が湧き上がるのだが、今の自分に課せられた義務は寝台から一歩も出ないことだから、欲求とは対立するかたちになってしまう。まだ複雑な思考回路を持ちえていない彼女は、このとき心が苛まれるような葛藤を味わうことになった。幼い心に、大人の味わう苦い揺らぎを、自ずから感じてしまったわけである。

 けれど結局、彼女の年齢では仕方のないことなのか。それとも野性味のある父の血が些か濃かったのか。何にせよ、彼女は寝巻き姿のまま、寝台から小さな両足を下ろすこととなった。

 彼女の向かった先は居間だった。公務のために設けられた場ではなく、王族の身内が地位を忘れてくつろぐための部屋である。そこには、母がいるだろうからだ。いなければ、まだ彼女が入ってはいけない扉の向こうにいることになるから、寂しい思いをしながら帰ることになってしまうが、その可能性を彼女は考えもしなかった。

 ただただ、母に抱かれさえすれば、甘えさえすればきっと安らかに眠れるに違いないという思いから、実際は寂しいからなんて気付きもしないで、無人の廊下を走っていた。

 昼寝をする頃だと城内はどうなっているのか全く知らなかった彼女は、窓から漏れる光の明るさに反した廊下の無音におののきながら走り続ける。この頃、王族の私生活の場に身を置く侍女たちは、少し早めのお茶の時間を嗜んでいるのだが、それこそ彼女には予想できないことだった。

 靴はまだ一人で履けないため、素足でぺたぺたと音を立てながら、彼女はそちらに必死に向かう。廊下には赤い絨毯が張り巡らされているが、素足の裏にその感触は不快だった。それよりも、すごく冷たいけれどつるつるした箇所――つまり、絨毯の引かれていない石張りの部分――のほうが、断然歩いていて楽しかった。いつも侍女がついていて、一人で遊ぶこともできない彼女には、たったそれだけのお行儀の悪いことが、なんだかとても新鮮だった。けれど、彼女は楽しんではいけないと自分に言い聞かせる。

 母に会うのが目的なのだから、母に甘やかされて眠るのが目的なのだから、そんな道草をしてしまっては、完全に自分が悪い子になってしまう。昼寝という義務を真っ当するために子ども部屋から出てきたのだ。きっとそんなことがばれでもしたら、今日の夕飯は罰として、生の玉ねぎだけをたんまり食べさせられるに違いない。

 そんな考えが浮かぶと、彼女は恐怖にぶるりと全身を震わせる。あんな味がなくて食べ応えもなくて苦くてしゃくしゃくしたものを、ずっと咀嚼させられる怖さと言ったら。ピーマンの肉詰めのほうが、苦くてもあらゆる味の誤魔化しが背後についているだけに、幾らかましである。

 そして予測される恐怖におののきながら、彼女はようやく居間を発見した。安心の吐息をつき、彼女はその扉を塞ぐドアノブに軽く飛びつきながら掴みかかる。そうでもしないと、ドアノブを開けられないのだ。当然、子ども部屋もそんな調子で開閉した。

 それからようやく居間にたどり着くと、彼女はその暖かさに少し尿意を持つ。が、暖かさに慣れると、それも薄まってくる。

 室内はとても暖かかった。暖炉の中で薪が爆ぜている音が、静かにそこに鳴り響いている。この静けさから考えると、彼女は一瞬両親はいないのだろうかと不安に思ったが、それならばそれで灯りはついていないはずだと気がついて、裸足のままに壁の向こうめがけて走っていく。

 両親はいた。居間の奥に据えてある寝椅子に横になった父と、その頭部を膝に据えている母。相変わらずの基本姿勢と言ってもいい。今の父と同じように、母に膝枕をしてもらった経験は彼女にもあるが、高さがあるので、本当に枕にはできそうにないと悔やんだ覚えがある。そんな彼女を見て、お前にはまだ早いと言い放った父の憎らしい顔もはっきりと覚えている。

 普段からそんな調子の父のほうは本当に眠っているらしく、一見すれば、体は全く動いていない。よく見れば、腕を組んだまま静かに体が上下している程度だ。

 母はそんな父が眠ってもまだ膝からその頭を下ろすつもりはないらしく、静かに父の寝顔を見ている。

 それを甲冑の陰から見て、彼女は不思議に思う。何が面白いのだろう。あんなもの、別に珍しくも何もないのに。それに寝顔なのだから、全然変わらないから尚更彼女には退屈な代物である。母の言い方やものの考え方は分かりやすいだけに、今の考えは全く読めない。

 とにかく、自分が来る前までに、彼女の父は母にあやしてもらったということはなんとなく分かった。ならば自分も同じように、存分に甘えてあやしてもらい、眠るだけである、と彼女は決意を固める。

 彼女は母を呼びながらその体に抱きつこうとしたが、それより母は早く動いた。否、その動作に素早さはないが、それでも彼女が足を止める余裕があるくらいには早く動いた。

 そっと、父の頬を撫でた。彼女の頬を包むよりも慎重に、大切そうに、優しそうに。

 それから、力の篭っていない父の手を取り、その手に淡く、口付けた。頬を摺り寄せるときに、軽く唇がついてしまったみたいに。けれど故意めいた、恐らく、いろんな思いがこめられているのだろう視線を持ったまま。

 彼女の母はなんともないように、その手を戻し、視線を夫から外し、ふうと一息肩を落とす。頬が赤い気がするが、恐らく錯覚ではあるまい。なぜなら、その顔はまるで失敗を見つけられた侍女のように、落ち着きがないからである。

 彼女はそれに衝撃を受けた。

 母が恥ずかしがることは、今まで彼女は何度か見たことはあるが、それでも父が何らかのちょっかいをかけるからだ。それに対し、母は子どもの前ではそんな姿は見せまいと誓ったに相応しい、断固とした態度が多かった。それでも頬が赤いことは何度かあっても、目元が潤んでいたり、抵抗が小さかったり、言ってみれば父の誘惑に負けそうな態度を彼女に見せることはなかった。

 けれど今彼女が見てしまったものは、母から仕掛けたことなのだ。改めて考えれば当然のことなのに、どうしてか彼女は驚いてしまい、気付いてしまった。

 母は、父が、好きなのだ。と。

 それは当然だ。お互いに好きでなければ彼女は生まれない。お互いに好きでなければ一緒に住むことはない。

 けれどなぜか、どうしてか、彼女はそれまで思っていたのだ。父よりも、母は自分のほうが好きなのだと。そしてそれが、間違いだとここで気付かされる。

 受けた衝撃は彼女を心底驚かせたが、それも過ぎるとなんだか胸の辺りが嫌な感じに包まれる。負けたみたいな気分になった。勝負をしてもいないのに、なんだか悔しい。何に悔しいのかは特定したくないくらいはっきり分かっているだけに、とても悔しい。

 彼女の心は初めて湧き上がって来た感情に、翻弄されるように走り出した。気がつけば横になっていた父の顔をふんずけに行くような勢いで、母のもとへと駆け出す。反面、心のどこかで、邪魔しちゃいけなかったのに、と呟く自分もいたが、結局無視した。

「かあさま…!」

 急に現れた我が子に、母は一瞬目を丸くしたが、それでも微笑んで出迎えてやる。口をへの字に曲げていると知っても、きっと眠れないから苛立ってやって来たのだろうと憶測して。

「どうかしたの?ロゼ」

 夫から静かに枕となっていた膝を外し、我が子を抱きとめる母に、彼女は勢いよく顔を埋めた。こんなことを当然のようにしてくれる母が大好きなのに、感じる敗北感は何故だろう。

「もっと、ぎゅーて、して」

「はいはい」

 苦笑しながら少し力を強めてくれても、相変わらず彼女の敗北感は払拭されない。

 額に軽く口付けされる。さらさらした布のようで気持ちいい。仄かに漂う体臭は、お菓子とはまた別の甘さを持っていて、それだけで頭がとろとろと蕩けてしまいそうになる。けれど、頭の中全てがうっとりするとまではいかない。いつもはそれだけで穏やかな気分になるのに、まだ心は不安に苛まれたままだ。

「眠れなくなっちゃったの?」

 優しい母の囁きに、彼女の心はますます痛みを増す。甘えたくても上っ面だけになってしまう悲しさは、彼女の奥底に腫瘍のようなしこりを浮かび上がらせる。

 涙目になった我が子に、母は少なからず困惑した。子の前ではみっともない姿など見せまいと考えているだけに、一瞬その心を探ってしまいそうになるが、最愛だからこそ娘の気持ちを覗いてしまうことは憚られる。

 母が困っていることは、彼女にも肌で伝わってきた。困っていたら、自分を見捨ててしまうのだろうかと、ありえないがありうるかもしれない考えがふと頭を過ぎる。不安を前にした子どもにとって、突拍子もない考えは、今まで注がれた愛よりも強い。

 それがとても怖くなって、彼女は思い切って尋ねてみた。見捨てられるくらいなら、自分だけ悲しい思いをするほうがもっとずっとましだと思ったからだ。

「かあさま?」

「なあに?」

「ロゼのこと、とうさまとおなじくらい、すき?」

 その質問方法に、母は少なからず驚いた。

 夫にそっくりなこの娘は、いつも自分の愛情を確かめる際には、世界で一番好きかどうかと尋ねるのに。夫のことを視野に入れるとは、今までからしてなかったことだ。そんな子どもの言葉に、律儀に反応する夫も夫だが。

 もしかして、先ほどの自分を見られてしまったのかもしれないと思い至ると、母は少し恥ずかしくなったが、顔には出さずに微笑んだ。

「ええ。好きよ。同じくらい、大好き」

 その返答に、彼女は呆気にとられた。あんなことをされたことが自分にはないのだから、きっと父のほうが好きなんだと思っていただけに、彼女の心は敗北感と嫉妬でいっぱいだったのだ。

「ほんと…?」

「本当」

「ほんとに、ほんとう?」

「ええ。本当に、本当」

「………」

 しかし、幼い子どもは知りもしないものである。我が子の寝顔に目を細める親の気持ちも、生まれたばかりの皺くちゃの我が子に涙を流した親の想いも。更に言えば、いくら彼女が小さく無力で傲慢であっても、一生涯を通しての殺害対象から削除してしまっている親の心も。

「…………そっかあ」

 母の真意は知らずとも、その言葉に嘘偽りはないと感じ取ったのか、彼女は少しずつ安心していく。

 全ての言葉は信じられないが、それでも好きだと笑顔で言ってくれたのだから。きっと本当に、自分を好きでいてくれるのだと、見捨てることはないのだと、ようやく彼女は信じる余裕が生まれ始めた。

 信じたきりに、彼女の不安は解けていき、代わりに睡魔が押し寄せる。その小さな頭はこてんと傾き、瞼はそろそろと閉じながら、結果的には力をした。

 そうして彼女が感じた初めての嫉妬は、母の笑顔で閉じられた。

 最終的にこの思いがなくなることはなかろうが、それでも愛してくれると断言した母の言葉を信じ、彼女はつかの間の眠りに就いたのである。

 

 そして嫉妬という感情を覚えた彼女は、今はストローを吸いながら、眼前に広がる景色を眺めていた。

 彼女の目の前にはネウガードの応接間にいる、三人の男女が見える。全員見知った顔である。父と、母と、この大陸でもっとも偉い叔母。定期報告という議事ではあるが、叔母と仲の良い母が行けば実情はこの通り、単なる女性たちの賑やかなお喋りに他ならない。ちなみに父は、護衛と軍師を兼ねた付き添いらしいが、この通り、全く役に立っていないし、実際に母についていく必要はない。そして彼女も、ご両親が行くのなら姫さまも一緒に行きたいですよね、と侍女たちに促されたまま、叔母の本拠地に訪問したわけである。

 服装もいつもの動きやすくも可愛らしさは残っているスカートとは違い、愛らしさのみを求めた白いドレスである。ミニバラの刺繍や赤いコサージュでしっかりとおめかしをしているものの、そんな自分の格好など気にすることもなく、彼女は少し俯いてコップの中を覗き込む。

 見てみれば、あと少しでガラスの底が見えそうなまでになっていた。お代わりは求められないらしいので、少し残念に思うがその程度だ。実際、ナホナホの実のジュースとなるとかなりの嗜好品なのだが、彼女はそんな価値など知りもしない。

 ずずっ、とコップが音を立てるが、周囲の大人たちはそれに気付きもしない。二人の女性は楽しげに話し合い、それを凝視している男性は黙ったままだ。けれど、それに対しても、彼女は特に興味を抱かず、コップをテーブルに置いて、そのままクッキーを手に取った。

 母と楽しげに話す叔母には、どうしたことか母の動作によって父に抱いた気持ちなど現われもしなかった。あの程度の会話なら、侍女と毎日のようにしている姿を見るためとしか思えないからだ。実際のところは、その会話とはまた違った親愛が、叔母と母の二人の間にあるはずなのだが、彼女はそれに気付かない。

 そして、二人の間の親愛をよく知り、そんな立場にどうあってもなれない父は、恨めしげに叔母を睨んでいる。それを見て、ようやく彼女も、父が嫉妬するに値する関係が、叔母と母の間には存在するらしいと知るが、結局それは今の彼女には実感できないままでいる。もしかして、彼女はいつか大きくなれば、叔母と母の関係に似たようなものを、母と築けるだろう、という予感があるからかもしれない。

 それから彼女はクッキーを食べながら、なんとなく父に対し、今までの感情とはまた別の、親しみみたいなものが芽生えていることに気がついた。

 父が呆れるように、叔母と母の会話に口を出す。なんと言っていたのかは、幼い彼女の耳に入っても、頭のほうには入ってこない。

 それから叔母と母と少し驚いたようだったり、うんざりしたような顔を見せると、父に対して何か言い返す。やはりなんと言っていたのかは、幼い彼女の耳に入っても、頭のほうには入ってこない。

 けれど彼女は父の気持ちが分からないでもないから、したり顔で頷いて言ってやる。

「とうさまはがまんしなさい。かあさまにおはなししてもらいたいのはわかるけど、みっともないですよ」

 すましてそんなことを言う彼女に、父はあからさまに眉をしかめ、母は軽く驚いたように目を見開き、叔母は盛大に笑い転げる。

 各人の反応を満足げに見渡しながら、彼女はふふんと鼻を鳴らした。

 自分だってそのくらいの気持ちは分かるもの、と一つ大人になった証拠を、高らかに大人たちに見せてやるつもりで。

 

RETURN

 

アトガキ

○周年記念と称しながら他者の目を気にせず自分の好きな設定で書き散らしちゃおう企画(企画かよ)第二段。

 一周年時よりトンデモ率は上がってないと思いたいです。あと最初の説明は基本的にあの二人のどちらでも取れるように考えています。