Lucifer’s chain

 

 やっとアキラの怒りとも意地とも嫉妬とも拗ねとも言えるものが解けたのは、何も知らないヴァラノワール勢の生徒(元も含め)達が戦闘から帰ってきて、疲労と空腹で食堂に来た頃だった。

 もう空は茜色から濃紺に変わり、夕食の匂いが鼻腔をくすぐって食欲を増進させる。食堂から伸びた行列の先頭に、トレイを持ってうずうずと体を揺すっているミュウは、カウンターの奥にいる、そばかすだらけの少女に声をかけた。

「ぅうー・・まだだめなの?もうボク待ちきれないよ〜」

「すみません…。もう少し待ってください」

 そばかすだらけの少女はすまなそうにミュウに頭を下げるが、そんな暇があるのかと言いたくなるほど彼女の体は活発に動いている。数十人分もある大きなシチュー鍋をかき混ぜ、ポテトサラダの盛り付けをし、この地方では珍しい、米を炊く専用の釜の火加減を見て、グラスをカウンターの下に並べている。そこに女将がいそいそと加わると、ミュウは嬉しそうな悲鳴を挙げた。

 女将がミュウのトレイを受け取ると、やっと夕食を配り始めるという合図にもなるのだ。ミュウのそわそわは一層激しくなり、ゆっくりと女将がエプロンを着ける様子を見届けている。その後ろにいるリュートが、カウンターの奥まで身を乗り出しているミュウの首根っこを掴んだ。

「ちょっとミュウさん!待つ間ぐらい落ち着いたらどうなんですの!?

 そう言って、カウンターからミュウを引き剥がす。ミュウは大人しく引き剥がされたが、それと言うのも空腹のせいで抵抗する力すら出ないからだ。

「だって…お昼食べたところ、埃っぽくて何食べたんだか分からないんだよ?ボクはただ、早くまともなもの食べたいだけなんだよ〜…」

 同じく、戦闘の移動の合間に軽食を口に放り込んで何を食べたかも覚えていないリュートは、そう大きな声で反論出来ない。ただ、ため息をついて駄々をこねるミュウを見た。

「気持ちは分からないことはありませんわ。けれど、レディのする格好とは思えない体勢を取るんじゃありません!」

 その後ろにいたファースト――悲しいかな、今日もまた夕食の一番乗りを取れなかった――が、悔し紛れに鼻で笑う。

「別に僕は気にしないけどね。ミュウのスカートの中なんか、見たところで何も・・・・・」

「ファースト!」

「バカっ!」

 さすがにレディ・ファーストとは言えないことを言った彼に、天罰のような一撃が二発ほど下る。腹部と頭部を片手ずつで抑えながら悶え苦しむファーストを下に見ながら、アキラはほとほと呆れた表情で彼らを見た。

「よくお前らそんなコントみたいなことして飽きないな」

「コント?」

「なんですの?それは」

「別に大したことじゃない」

 アキラが内心失敗したと思いながら視線を二人から大きく反らすが、それで話を反らしてやるほど二人はアキラに遠慮するつもりはない。その視線の内に入るように、ミュウがちょろちょろと動き出す。そしてリュートは、真っ直ぐに遠慮なくアキラに視線を当てる。

「何なのかぐらい教えてくれたっていいじゃないか」

「そうですわよ。気にさせておいて内緒にするだなんて、悪趣味ですわ」

 なら自分達が力の限り殴った相手を全く無視して他のことに興味を移すのは悪趣味ではないのかと、言いたくなったアキラである。

「俺がお前らにどう思われていようが構わない。そう言えば、お前ら、飯の方は一向に気にしないようになったんだな」

「あっ」

 それを言われて、女将がミュウのトレイが来るのを待っているらしいことを知ると、ミュウは目をきらきらと輝かせてトレイを女将に差し出した。リュートもそれに続くと、アキラは自分のことから話題が反れて、内心安心のため息をついた。

 自分が何気なく言った言葉が通じない。それをネバーランドに来て思い知らされると、彼は小さな疎外感を覚えた。外国のように、根本的に言葉が通じないせいでコミュニケーションが取れないこととはまた違う。むしろ、異世界であると言うのに何の不自由もなく会話が出来るからこそ、やはりこの世界は自分が知っているものとは違うのだと思い知らされる感覚が嫌だった。

 文化も何もかも一緒ならば、素直に彼らの中に解けあうことができるのかと言えばそうではないだろう。けれど、いくら訳隔てなく接されても、構えてしまう理由の一つに、それは挙げられた。

 今日の献立はハヤシライスもどきに、ポテトサラダ、紅いものような渋い色合いをした豆のスープだった。

 献立を乗せた自分の分のトレイを返されて、それをじっと見つめてもここが自分の知っている世界ではないのだと思い知らさせる。南瓜のようなごつごつとした皮を持つ野菜を見た時、これを煮るのかとさり気なく食堂の娘に聞いたことがあったが、それを聞いて娘は大笑いした。どこの世界にデザートを煮詰めるような食べ方をする人がいるんですか?と言われ、赤くなったのを未だに覚えている。そしてその日、南瓜もどきのひんやりと冷えた果実は、メロンの味がした。

 今までの自分の価値観や、固定観念が通じない。まるで、一から教えられないとだめな痴呆の子どものような気分になった。

 リトル・スノーの話を聞いたときだってそうだ。マックスが苛立って、何を当然のことを、と言わんばかりの顔をしていた。リューンエルバが自分を元気付け、確認のために見せた笑みは、まるで自分の無知を笑うようにも感じた。そんなはずはないことぐらい分かっている。けれど、そう思わずにはいられない。

 そう思いながら、じっとトレイの中を見つめる彼に、隣の席に着いたスカーフェイスが低い声をかけた。

「おい」

 我に返ったアキラが振り返ると、スカーフェイスはやはり無表情なままスプーンで、アキラのトレイの中の何かを指す。

「パセリがいらないんならくれ」

 思わず脱力したアキラが、自分のポテトサラダの中にあるパセリをそっと掬ってスカーフェイスの方に持っていってやる。すると、スカーフェイスはそれを受け取り、やはり無表情ではあるが満足した様子で頷いて租借する。

 その姿を見て、食事時に悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しく感じ、アキラもスプーンを取って黙々と食事を始めた。

 後ろの席ではレン・ウォルトが早々とデザートの心配をし、それにタルナーダが食い終わってから言いな、と呆れている。シロはミュウにくっ付いて行ったらしく、親父臭い物言いが遠くから聞こえてくる。向かいの席ではフィーゴがやはり黙々と夕食を口に運び、一つ空席を隔てたところにはラーデゥイが噛み難そうにレタスを租借していた。そのもっと向こうには、ナギやヘレネやノーラ・ノーラがお喋りを楽しみながら夕食を取っているし、斜向かいにはグリューネルトに睨まれているらしいラウールの背中が見える。そう言えば、ポテトサラダの中に人参を茹でたものもあったか。

 自分だけが重い気持ちでいることなど、彼らは全く気にしていないのだ。それどころか、その異変に気付きもしない。少し前なら、なんで自分が落ち込んでるのに誰も慰めようとしないんだと憤慨したが、次第に落ち込んだり怒ったりする自分が馬鹿馬鹿しくなった。今もそうなのだ。

 うじうじと悩んでいるなら行動をする。落ち込んでいるなら他のことを考える。怒っているならその理由の正統性を考え、他人にその感情をぶちまけたりしない。自分の知る限り、この世界の住人は、それらことを当たり前のように思いながら生活している。それが羨ましかった。そして、なんでそのことを当たり前と思えるのかが、知りたくて仕方なかった。

 けれど、必死に今を生きている人にとって、それはごく当然のことなのだと、いつか分かるようになった。そして必死に今を生きれる潔さに、また羨望を覚えた。

「あーあーあー。本日は晴天なり。しかし満月は欠けたり」

 不意に、聞いたことのない女性の声が聞こえ、アキラは驚いて声が聞こえた方を見た。今まで間抜けな顔でまだレタスを噛んでいたラーデゥイも、既に夕食の半分以上は平らげたスカーフェイスも、真剣な表情で自分と同じ方向を見ている。

 その方向には窓があった。夕食の熱気と様々なものが交じり合った空気を外に出すために開けられた窓である。そしてその窓の縁に、何かがくっついているらしいことが分かった。その何かはひらりと食堂の中に入ってくると、アキラの肩に止まった。その正体は、小ぶりな体をした青銅色の羽を持つ鳥だった。

 これから聞こえたのか?とアキラが目を見張っていると、その鳥は小首を傾げて囀るように人の声を聞かせた。

「んっ、んっん。皆様こんばんは〜冥界王をしております、ネギと申します」

 あまりに急な、そしてあまりに凄いものの自己紹介をされて、アキラは思わず立ち上がって鳥を見た。無論、他の面々も目を点にして立ち上がったアキラの肩にいる鳥を見る。

「はぁあ?」

 アキラのその声に、冥界王と名乗った小鳥はどこを見ているのか分からないつぶらな瞳を瞬かせる。

「あら、貴方が異界の魂ですのね。案外お若い方」

 呑気な感想を述べられても困る。何故、この小鳥が冥界王を名乗るのか、それどころかこの鳥はなんで人の声を出せるのか。それすら分かっていない彼らに混乱の種を蒔いている小鳥は、表情が見えない顔で、小鳥に視線を集中させているほぼ全員を見た。

「あらあらあら。随分若い方ばっかりと思ったら、お爺ちゃまもいますのね。何の集まりだかわかりゃしませんこと」

 随分口の軽い言い方である。と言うか、地味に失礼なことを言っている自覚はないのか。ころころと鈴がなるようなかわいい笑い声を出して、小鳥は続けた。

「お食事中、急に失礼しますわ。冥界王のネギと申します。この小鳥は使者ですの。色々と言いたいことがありまして、誤解がなく速やかに事を伝える方法がこれしかなかったんですの。お許しくださいませ」

 許すも何も、こんな常識もへったくれもない方法で堂々と人の肩に止まって何を言う。

 呆気に取られたままの全員を相手に、冥界王は喋り続ける。

「あ、ちなみにこの鳥は焼くことも煮ることも食べることも殺すことも出来ませんのよ。けどアンデットってことではないんですの。その証拠に臭いなんてしませんでしょう?そのついでに糞も出しませんからご安心下さいな」

 そんないらないことは言わなくていい。しかし、そんな無駄な喋りが功を奏し、冥界王とやらが訪れた理由に心当たりがある人々が正気を取り戻した。そして、表情を険しくして小鳥を見る。

「そうそう。魔力がこれっぽっちもない方にもこの鳥の姿は見えないし聞こえないように出来てますの。出来れば反応は静かに、声も静かに、お願いいたしますわ」

 そう言われて、阿呆のようにぽっかりと口を開けて、驚愕を顔に貼り付けていた大半の生徒が正気に戻る。ホルンが恐怖を表に出さないように自分の手を握り締め、シエルが薄い恐怖を持ちながら小鳥を見た。

 そして彼らがほとんど正気に戻ったのを見届けると、緊張と戸惑いが走る中、小鳥は可愛らしい嘴を活発に開かせた。

「わたくしが何故ここに来たのかは、分かる方には分かりますわね。異界の魂リトル・スノーのことです」

 しかし、分からないものには分からない。愕然とした表情で小鳥を見ているル・フェイの隣にいるアルフリードが彼女をちらと見、ヴァラノワールの生徒たちは緊張した面持ちの教官たちに視線を集中させた。

「分からない方にはお教えしましょう。なるべくわたくしが喋った方が怪しまれませんものね。つい半日前、この新しい異界の魂くんがリトル・スノーと出会い、彼女の正体を見破ってしまったのですわ」

 そして、またも波のような驚愕が走る中、今度はアキラに視線が集中する。まるで、小鳥が彼らの反応を一言ずつで操っているように、アキラは感じた。

「リトル・スノーは失踪したのではなく、当代の魔王ジャドウの封印の枷となりましたの。・・・・・故に冥界に身柄、つまり魂を預かっていたのですがね」

 ここで一旦言葉を切ると、唾を飲み込む音さえ響き渡りそうな緊張の中、小鳥はまた可愛らしく小首を傾げる。

「いつもいつも魔王のお守りでは大変でしょうから、わたくし、休暇のために彼女を現世に一ヶ月だけ戻すことにしましたの。無論、現世の人々には極秘なんですのよ?けど、その休暇の三回目の今回、同じ異界の魂一人にではなく、そのお連れ様ご一行にばれてしまったそうなので・・・・・・ほとほと困っているんですの」

 なら何故、自分からそういった困ることをこんな場所で話すのか!

 そう言いたいゲイルが苛立つように頭を掻き毟っていることを無視しているのか、小鳥は続ける。

「普通、これが二桁単位であろうと三桁単位であろうと、悪意のある方々なら、冥界にまで引きずり込んで、早々と転生させることが手っ取り早いんですのよ?けれど・・・・・・」

 それは暗に殺す、と言っているのではないのか。軽々しく、可愛らしい小鳥の姿でそんなことを言うものだから、思わず寒気がしたらしい。ネージュが自分の両肩に手を当て、それをシュウが心配そうに見た。

「貴方がたは悪意はないでしょう?それどころか、彼女が伝説の異界の魂であろうとも善意やそれ以上のものを持って彼女に接することは目に見えていますわ。教育者の方々と皆様の親御さんの育て方の賜物ですわね。素晴らしいこと」

 ――実に暢気な物言いだ。

 ヒロは呆れも通り越して、達観した気持ちで小鳥を見た。

「それで、提案させて頂きますの。どうせ貴方がたはここに長期滞在していらっしゃるのでしょう?なら、同じ屋根の下に泊まっている者同士、彼女と仲良くしていただけませんかしら?彼女、人当たりはもの凄く宜しいんですけど、自分が死んだ身ですから現世の人々と自分から交流しようと考えないようなのですのよねぇ」

 そこで小鳥は、はあ、と大きなため息まで聞かせてくれる。何とも細かい使者である。

「休暇を取らせたのは彼女が他人と交流しなかったからでもありますの。わたくし、とってもきれいな魂にはえこ贔屓したがる性質(たち)ですから、彼女にもっと楽しい思いをしてほしくなっちゃいまして、現世に降ろすようにしたんですけれど、当の本人が二回も引きこもってますと、ねえ・・・・・・・」

 何がねえ、だ。

 殆ど殺気も毒気も抜かれたような気分になって、マックスがため息をつく。

「ああけれど、一応脅しではありませんから言っておきますわね。貴方がたには出血大サービスですのよ?貴方がたが彼女に悪意を持ってしまったり、何かに利用しようとしても、ただその記憶を消すだけに致しますわ。冥界に引きずり込むとか、全部きれいさっぱり忘れて赤ちゃんからやり直し、とか、そういうのはございませんから安心してくださいませね」

 その物言いが安心させないのを、この小鳥――否、冥界王は知っているのだろうか。

 そして、イグリアスはほとんど茫然としながら、リトル・スノーの言葉を思い出した。――訊いてみますか?まともに答えてくれるとは思いませんけど。

 成る程、この調子であればまともに質問してまともに答えてくれることなどないだろう。つい先ほど、ごくあっさりとした理由で答えてくれはしたが、それは納得できることなのかと言うとそうではない。

「ああそうそう!これ言い忘れちゃいけませんわね。殿方の方々――んまあ、ごくたまーにですけれど女性の方々もですけれど、彼女に欲情してもなるたけ彼女の前ではそれを表に出さないようにしてくださいませね。なるべく彼女に会わない時、特に寝る前ですかしら、その時に自己処理して下さいませ」

 呆れも恐怖も通り越し、げんなりとした顔でファインがスプーンを落とす。

 ここまで品のない言い方をしてもいいものか。それがネバーランドに何度も降臨し、シンバ帝を死に至らしめた冥界王の言うことなのだろうか。

 スタインにも似たような衝撃が感じられたのか、こめかみの辺りを抑えて大きなため息をついた。どうやら偏頭痛持ちらしい。

 しかし、小鳥はそんな彼らの反応を気にもせず、こちらはこちらでそう言ってしまう理由があるんですのよ、と続けた。

「何しろ、とっっっっっても嫉妬深いのがジャドウ殿ですの。彼女が休暇中だっていうだけで封印破って降臨しかねないぐらい険悪な雰囲気でしてね。そんな彼女に惚れた男がぞろぞろ出てきたら、その瞬間ジャドウ殿が降臨すると考えてもおかしくはありませんの。ですから、特に殿方は理性ぷっつんとかがないようにお気をつけ下さいませね。死にたくなければ」

 殆ど脅しである。しかし、いくら彼女が美しいからと言っても、それはないだろう、と彼女を見たことがある男性陣は考えた。

 確かに、リトル・スノーは自分達男というものが理性を失うほどの美人ではあるかもしれないが、彼女の雰囲気や立ち振る舞いがそれを許さない。あくまで理性的に、礼儀を知る男性の立場をリトル・スノーは要求するのだ。それに対し、応えてやるのが本来の男というものだろう。――いくら下心があろうとも。

「それじゃあ、今のこと、彼女には内密になさってくださいま・・・・」

「ネギ様!」

 と、ちょうど小鳥が窓に向かって飛び立とうとしたところで、美しく柔らかく響く声が食堂の入り口から聞こえた。その方向を全員が向くと、噂のリトル・スノーが憤慨した様子で歩いている。

 そして、彼女を初めて見たヴァラノワールの生徒たちは呆気に取られた。ここまで美しく、儚く、優しげで真っ白な人がいていいものか、と言わんばかりに唖然と口を開いている。

 彼女の方はそんな視線を気にもせず――気付いていないのかもしれない――そのまま席に潜り込むつもりだったのだろうが、何しろとても目立つ上にまだ食事を取っていない唯一の客でもあるらしい。女将が自らこんもりと夕食を盛ってトレイを、彼女に渡した。

 こんなに食べれません、と困った顔で断るリトル・スノーだが、女将の善意は受け取らざる終えないらしい。渋々トレイをテーブルの方に持っていくと、窓に近いミュウ達がいる席に座った。そのミュウを始めとするリュート、バニラ、チョコ、フレデリカは、自分達の近くに座った精霊か女神のようなひとを真っ赤になって見ている。

「ネギ様、一体何故ここに・・・・・」

「お部屋を間違えましたのよ。貴女がここに来てくださって助かりましたわ」

 アキラの肩からリトル・スノーのテーブルの近くに止まると、いけしゃあしゃあと嘘をつく。呆れた、という顔を隠しもしないニヴァは鋭い視線を小鳥に送ったが、無論小鳥はそちらの方を向きもしない。

「そんなはずはないでしょう。わたしはちゃんと、手紙に二階の部屋の番号を書きました」

「あらそうですの?見忘れてましたわ」

 どこまでもとぼけるつもりらしい。リトル・スノーが小鳥を睨むが、小鳥はまるで自分はごく普通の、何のからくりもない小鳥です、と自己主張せんばかりに小首を傾げ、こまめに体の向きを変える。

「何を言ったかはこの際追求しません。けれど、この人たちを脅すようなことはしなかったと、誓って下さい」

「それは出来ませんわ。わたくし、ジャドウ殿に暴れられるのはとても困りますもの」

 そう言われて、リトル・スノーの険しい顔が一気に呆れに変わった。

「・・・・・あのひとのことはわたしから説明しますのに」

「貴女が説明なさると、付け上がるお馬鹿さんがいるかもしれませんでしょう?それを予防するためにも、きっぱりはっきり言ったまでですのよ」

 どうやら、二人の間では、かの魔王の暴れっぷりや嫉妬具合は、立場が違う二人の意見が一致するほどのものらしい。

 魔王が嫉妬深いなど、人臭い感情を持っていていいのか?と訊きたくなったアキラではあるが、彼のいたチキュウでも、ある天使が人間に嫉妬したせいで魔王と呼ばれる悪魔になったことを、彼は知らないらしい。

「とりあえず、貴女が何かを説明する必要はなくなりましたわ。手間が省けてその方がいいでしょう?」

「生憎、いらない手間が増えたような気がします」

「あら失礼」

 全然悪びれていない謝罪である。

 それに、リトル・スノーはもう諦めているのだろう。大きくため息を吐くと、小鳥に自分の腕に来るように手招きした。冥界王の意思なのか、それとも脳は普通の小鳥なのか、小鳥は小さく跳ねると彼女の腕に足を掻け、囀るように口を開いた。

「では、また一ヶ月後、お迎えに上がりましょう。リトル・スノー」

「分かりました」

 その言葉と同時に、リトル・スノーが小鳥にキスをする。すると、小鳥の姿はまるで煙のように気体に溶け、彼女の腕には何もなくなった。

 そして訪れる静寂の中、リトル・スノーが困ったようにほんのりと笑う。

「食事中でしたでしょう?食べないんですか?」

 そう言われて、小鳥の乱入のせいですっかり自分達が食堂にいたことを忘れていたほぼ全員は、ようやく自分のトレイにあるものを再び口に運び出した。

 小鳥の次に現れた、ごく淡い色彩を体に持つ女性に目が釘付けになりながら。

 

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